10月の活動状況
令和2年(2020)

















秋の七草
 観賞を目的として選んだ秋草7種をいう。『万葉集』巻8に収められた山上憶良(やまのうえのおくら)の歌に「萩の花 尾
花(をばな)葛花(くずはな) なでしこが花 をみなへし また藤袴(ふぢはかま) 朝顔(あさがほ)が花」と、日本の代表的秋
草が詠まれたことに始まる。このなかのアサガオについては、キキョウ説、ムクゲ説、ヒルガオ説、アサガオ説と意見が
分かれているが、キキョウ説をとる場合が多い。また江戸時代に好事家(こうずか)が「新秋の七草」を選んでいるが、リン
ドウ、オシロイバナ、トロロアオイ、ヒオウギ、ゴジカ、ユウガオ、カラスウリと、外来種なども取り入れられている。昭和10
年(1935)ごろにも新聞に発表された別の「新七草」があり、それは、ハゲイトウ、ヒガンバナ、ベゴニア、キク、オシロイ
バナ、イヌタデ、コスモスであった。そのほか、「薬用秋の七草」として、オケラ、クズ、キキョウ、マンジュシャゲ、リンドウ、
ヤマトリカブト、ミシマサイコが選ばれたこともある。

 牧野博士によれば、今で言う「朝顔」が中国から伝わったのは山上憶良やまのうえのおくらより後の時代であり、「人家
に栽培している蔓草のアサガオは秋の七種中のアサガオではけっしてない」とし、また、万葉集の別の歌に「朝顔は夕方
に咲くのが見事」と詠まれていて、「夕方が見事」というのは現在の「朝顔」と合致しないことなどを挙げ「アサガオ説」を否
定。また、「ムクゲ・木槿」については、中国からの外来の灌木であり野辺に自然に生えているものでもなく、また万葉歌
の時代に果たしてムクゲが日本へ来ていたのかどうかも疑わしいとしてこれを否定し、「万葉歌のアサガオをヒルガオだ
とする人もあったが、この説もけっして穏当ではない」と「ヒルガオ説」も否定している。「キキョウ説」については、山上憶
良より200年ほど下った平安時代に書かれた、現存する漢和辞典では日本最古の『 新撰字鏡しんせんじきょう』(平安
前期の昌泰しょうたい年間(898~901)に成立)の「桔梗」の項で、「阿佐加保・あさがお」と振り仮名が振られているこ
となどを根拠として、「この貴重な文献においてそれに従ってよいと信ずる」と「朝貌の花」が「桔梗」であるとされることに
異を唱えてはいない。

 萩、刈萱、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔。これ等の七種の草花が秋の七草と呼ばれてゐる。この七草の種類は万葉
集の山上憶良の次の歌二首からいひ倣されて来たと伝へる。

   秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花
   萩の花尾花葛花なでしこの女郎花また藤袴朝顔の花

 朝顔が秋草の中に数へられると言へば、私達にとつて一寸意外な気がする。早いのは七月の声を聞くと同時に花屋の
店頭に清艶な姿を並べ、七月の末ともなれば素人作りのものでも花をつける朝顔を、私達は夏の花と許ばかり考へ勝ち
である。尤もつとも朝顔は立秋を過ぎて九月の中頃まで咲き続けるのだから、秋草の中に数へられるのもよいであらうが
、特に真夏の夕暮時、朝顔棚に並ぶ鉢々に水を遣りながら、大きくふくらんだ蕾つぼみを数へ、明日の朝はいくつ花が咲
くと楽しい期待を持ち、翌朝になつて先づ朝顔棚に眼をやり、濃淡色とりどりの大輪が朝露を一ぱいに含んで咲き揃つて
ゐる清々しさに私達は一入ひとしお早暁の涼味を覚える。ある貧しい母のない娘が背戸に朝顔を造り、夕に灯をつけて
その蕾を数へ、あしたは絞りの着物が三つ、紺のが一つ仕立つと微笑んだのをい ぢらしく見たことがある。だが、秋の七
草に含まれる朝顔は夏の朝咲くいはゆる朝顔――これを古字にすれば牽牛子又は蕣花と書く――ばかりではなく、木槿
むくげと桔梗をも総称してのものである。さういへば木槿も桔梗も牽牛子と同じやうに花の形が漏斗じようごの形をしてゐ
る。